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リオンのブログ

アイドルオタクの某氏がブログを書いてみました

幸せにロジカルは邪魔だが、自己実現には役に立つ

どうも、リオンです。

最近アウトプット重視になってしまっていまして、ブログに関連するインプットが足りず記事をあげれていませんでした。。すんません。

 

2016年も、あと数日で終わりということで1年の振り返りをしている人も多いのではないでしょうか?

 

若い人は特にそうかもしれないですけど、大学生だったら進路どうするんだろうとか、就職どうしようとか考えてる人も多いかもしれませんね。あと受験生とかも。

 

「本当にこれやりたいのかなあ?」「今やってることは正しいのかな?」

 

って思うじゃないですか。でもそう考えるときって大抵鬱なときなんですよね(笑)

 

でも最近僕はそんなこと悩む必要ないんじゃないかなって思ったりもするんですよ。

 

もちろん悩んでしまうのはわかります、僕も悩みます、けど無理しなくていいよって言いたいです。

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HAVE TO論に惑わされすぎ

自分で考えたり、意見したりするのが大方の日本人の特徴ですね。やっぱり周りとのバランスを読むというか。

 

で、例えばあなたが何かやりたいときに、アドバイスとか貰いながらやっていたとしましょう。でも最近何か気分が乗らない。。おかしいな、やる気が出ない。。ってときがあるわけですよ。でここであなたに2つの選択肢があります。

 

①モチベーションをなんとか維持して続ける

②やめちゃう

 

あなたが①を選びたいなら、恐らく考えるのが「続けないといけない」という話。そうじゃないと他のことをやるときにも続けられなくなるよ?っていう論理とかです。あとはもうすぐで結果出るよ?とか。

 

もちろん続けた方が、結果も出るでしょうし、ある程度続けないとわからないこともあるでしょう。でも……

 

嫌ならやめればいい

 

と思います。決して皮肉を込めてるわけではなく純粋に、嫌ならやめれば?て思います。だってつまらないし、嫌なのにむしろなんでやるの?って。もちろんそれによってあなたが被る様々なメリット、デメリットがあるんですけど、それは自分次第です。

 

生きる理由とか

自己啓発書とか、ライフハック的なメディアでは取り上げられがちなこの話題。

 

確かに人生の目的とかそういうのあったら美しいよねっていう傾向があるのは知っています。

 

過去の数々の成功者とか、スティーブジョブズみたいのが、世界をよりよくしたいとか言ってると、自分も使命がないのかな?って思考スパイラルに陥るのは共感できます。でも

 

そんなの後付けなんですよね

 

多くのステレオタイプな日本人って、それらの人は「才能がある」とか「生まれつき」とか色々自分とは別の世界の住民かのように扱うじゃないですか。東大生にしかり、外国人にしかり。

 

なぜそんなことするかって

 

あなたが成功者と呼ばれる人と同じ土俵ではないことを示し、自分の劣等感を打ち消すため。

 

これです。結局こういう人が多くて、僕はそっち側の人間じゃないよってありもしない壁を立て、自分が傷つくのを避けてるだけですね。

 

成功者にはストーリーが求められがち

シリコンバレーとか起業家で熱いコミュニティーとかですと、「ストーリー」が結構重要視されるんです。

 

ストーリーというのは僕らはこういうバックグラウンドがあって、こういう経験をした、だけどまだ世界にはこういう環境ができていない、だから僕らが考えたこれを作るお金を出資していただければ、作ります。

 

みたいなプレゼンをするわけです。ざっくり。

 

でもそんなのが事実あったわけでなく、大抵は後付けと装飾にすぎないのです。所詮は投資家やVCに共感させるための手段にすぎないと思います。

 

論理的になることは、手段にすぎない

全く別の事例をお話ししましたが、どちらにも共通するのは、辻褄合わせなど所詮手段にすぎないということです。

 

ストーリーで彩られた世界だって最初は、あの子可愛いから付き合いたいで始まるし、うまい飯食いたいで始まるんですよ。

 

だとしたらあなたが、人生の目的とかどこにあるんだ?って探してるものはいつまで経っても見つからないってことですよ。

 

これが起きたからこうなって、課題意識を持ってとかそんなうまくいくわけないじゃないですか。Facebookのザッカーバーグだって最初は人のルックス比較するサイト作って大学で訴えられていたんですよ。

 

ストーリーとかロジカルな事象とは、所詮効率的に誰かに伝えたり納得させるための材料にすぎないと思っていただきたいです。 

 

子どものときそんなこと考えてたのかよ!って思いますね。なぜ大人は論理的なことが必要とされるかわかりますか?

 

時間がないからですよ。

 

子どもは、やりたいと思うことが自然に思い浮かぶまで適当に遊んでればいいけど、大人だと誰かへの責任を持っていたり、生活費稼がないとだったり。

 

だから、ブロガーで限界集落すみのイケハヤさんとか、実業家のホリエモンさんとかが、「遊べ」とか「やりたいことあるだろ?」って言うんですよ

 

もうみんな悩みすぎ!!

モラトリアムとか言いますけど、こんなことやってたら一生終わりませんって。

 

世界一周とかする人がなぜあんなに楽しそうに生きてるかって膨大な自由な時間の中で、自分の自由に動けるからです。

 

食べに行きたいときに行ったり、寝たくなったら寝るし、手に入れたいと思ったらすぐに取りに行ける環境ってのがいいかもしれないですね。

 

もしもあなたが絶対にこれを実現したいとか思うものがあったら情熱に任せて動けばいいと思います。でも飽きたら…いいんじゃないですか?やめて。

 

まあ最初に投資とかしてもらってたら後にひきにくいですけど。自分にのみ責任があるならそんなのすぐ責任とってやめればいいと思います。

 

所詮その程度のことなのに、何かやるために理由とか、色々作っちゃってるとモチベーション下がりますって。

 

ちなみに僕が今までに継続したことは全部思いつきでなんとなく始めたのが次の日もやって、なんとなく気づいたら半年とかやってたみたいのが多いですよ?

 

アイドルしかり、将棋しかり、ストレッチとか、ランニングとか、意識して始めるなんて目的がないとやりませんって。いや目的があっても僕は始められないです。

 

悩んでも意味ないから、自由にやろう?

最後に、多くの人が論理的、目的主義になる理由を話して締めますね。すいませんまとまりのない文章で笑

 

つまり効率的に物事をすすめるための手段です。

 

手段です。だからあなたが使わなくてもいいツールです。必要な時は使えばいいけど。

 

人生に意味なんてないですよ。そんなこと考えてるの人間だけですって。

 

だから僕は起業するって言ってますけど旅人になるかもしれないし、就職する可能性だってあるんです。別にこれは後々の布石とかじゃなくて。本当に。まあこれらも手段の1つですしね。

 

哲学者を目指していない限り、哲学的に悩んでもあなたの人生がいい方向に向かうかは関係ないと思いますね。

 

幸せになりたいなら無駄なことで悩まないほうがいいです。必要なのは悩みでなく考えることです。あなたが人生でやりたいことがあるなら論理という手段はいい武器になると思いますね。。逃げるは恥だが役に立つ

 

まあ面白いと思ったのは、何かを実現する良い手段が「効率を上げる=論理的」で、幸せになる手段が「非論理的」という矛盾ね。必ずしも等しくならないわけではないけど。